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祈り。震災から1ヶ月。

今回の東日本大震災で亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、被災された方にお見舞い申し上げます。

 

地震から1ヶ月。
たったの1ヶ月なんだけど、震災前の日々が遠い昔のようだ。
あの日、3月11日以来、全てが変わってしまった。

今更だけど、地震直後に書いたメモを中心に振り返ります。

 

11日
…あれ?めまいかな??
それが始まりでした。
「あれ?地震!?」
船に乗ってゆらゆら揺られている感じでした。
伊豆に住んで30年以上。
いくつもの地震を経験していますが、この揺れは今まで経験したことがないものでした。そして、一向に収まらない。
で、周りにいた人達と声をかけ合って、ゆっくりと外に出ました(幸いなことに、1階だった)。
外に出てもまだ揺れ続けていて(道路標識が大きく揺れていた)、周りの建物からも次々に人が出てきました。
この揺れの長さから、「東海地震か?」と思ったくらいです。
(※東海地震は、揺れが約1分続くと言われています)

その後も、余震があったり不安な時間を過ごしました。
そうしているうちに、
「震源は宮城の方だ」
「震度7だ」
「津波が襲ったようだ」
という声が次々聞こえてきて、背筋を冷たいものが走りました。

 

それから、災害の対応に追われました。
いつの間にか携帯電話がつながらなくっていて、嫌でも緊迫した雰囲気になります。
これは後から気づいたことですが、宮城から遠く離れた伊豆地方でも大津波警報が出ていました。

とりあえず、帰宅したのは午後10時過ぎ。
遅い夕食を済ませると、
「寝れる時に寝ておこう」
と、
すぐに寝ました。

 

12日
未明。
防災無線で飛び起きました。
「地震??」
と身を固くしましたが、揺れません。
恐る恐るテレビを点けたところ、長野で強い地震があったとのこと。
血の気が引きました。
…次は何が起こるんだ??
しかし、とりあえずやれることはありません。
もう一度寝る事にしました。

 

10時頃、仕事に出かけました。
「!?」
途中で見かけた光景に衝撃を受けました。
河口から何キロもある所、普段は水深が1mもない川の瀬に、小型の漁船やボートが腹を見せていました。
…まさか、これほどの津波が押し寄せていたとは。

それでも、災害への対応は思ったよりも少なく、夕方には帰宅。twitter経由で電力の不足を知り、早めに夕食を済ませると、この日もすぐに寝ました。

 

13日
この日は日中外出し、前日に引き続いて節電をしていたところ、夜の首相会見が始まりました。
輪番停電をお願いする、その内容に、

  • 20:28  計画停電?もちろんOKですよ。あとは時間だけ。勤務時間をフレックスでもいいけど、さすがにそれは無理か。 »»

とツイートしました。
今、思い返してみると、この時はまだ事態の深刻さがわかっていなかった…

 

14日
朝から慌ただしい雰囲気が漂っていました。
前日の計画停電の発表を受け、その対応に追われました。
伊豆地方は第5グループに属していて、15時20分からとされていました。
昼休みには、買い物に出かける人が多くいました。
この日は計画停電の影響で、スーパーは14時で閉店。
「次、いつ買いにいけるかわからないから…」
そう言って、出かけていきました。
その後、問題になる買い占めだけど、その発端はこんな所にあったのかも。
結局、この日予定されていた計画停電は、富士市等で実施されただけに留まり、肩すかしを食った感じでした。
とはいえ、節電のおかげだと思いたい…

 

15日
この日も計画停電は中止になり、何事もなく終わるかと思っていた時、テレビと携帯の緊急地震速報が鳴りました。
すぐに揺れ始めました。ゆらゆら揺れる一連の地震とは違い、いつもの(?)揺れでした。収まったところでツイートしました。

  • 22:32  揺れた。震度3くらいかな。ちょっと怖かった。 »»

ふと疑問が湧きました。

  • 23:09  明日、停電していたら緊急地震速報が出ないんじゃないか…と思ったけど、今も揺れと同時だったから同じか… »»

その心配が届いたのか、18日まで停電はありませんでした…

 

16日
出勤して驚きました。
職場には、非常用持ち出し袋を持って来た女性(10kgはある。これで逃げられるんだろうか)や、防災頭巾を持って来た女性(肩まで覆うから安全なのだとか)がいる。
前日夜の地震で、皆、動揺しているようでした。
状況が状況なだけに、笑うこともできません。

昼過ぎ、またしても緊急地震速報が鳴りました。
また外に出ましたが、結局、揺れは感じませんでした。

家に帰ると、家族から計画停電のグチをかなり聞かされました。
前日には、ホテルに勤めている人から客を取っていないという話を聞きました。電車は本数が減った上に、一部区間では接続がありません。さらに透析をやっている病院が困っているという話も…

自分自身、停電の対応に追われ、地震(と緊急地震速報)に脅える毎日に、ストレスが溜まっているのを感じていました。
…こんな日々がいつまで続くんだろう??
追い込まれた感じでした。まだ1回も停電しないうちに。

 

18日
18時20分頃から、ついに最初の停電が始まりました。
仕事を切り上げて帰宅して、湯たんぽをこたつに入れ、さらに厚着して防寒対策をしました。
K-MIX(静岡のFM)を聞きながら、ゆっくりとした時間を過ごしました。
終わったのは20時20分頃。急に電気が点いたため、目が慣れなくて、目をパチクリさせました。

  • 20:23  停電終了。予定よりかなり早い。明日の停電もなくなったらしい。節電に協力して頂いた皆さま、ありがとうございます。 »»

 

それから1ヶ月。
2回目の計画停電後に、自分は静岡市に引っ越しました。
しかし、地震は相変わらず続いていて(今日も大きな地震があった)、原発のことも気がかりです。
まだまだ先が見えないし、この先どうなるか予断を許さない状況です。

 

たったの1ヶ月なんだけど、震災前の日々が遠い昔のようだ。
あの日、3月11日以来、全てが変わってしまった。

もうすぐ延期になっていたプロ野球が開幕し、中断していたJリーグも再開されるというのに、ワクワクするような気持ちが全く起こりません。

その一方で、地震がない日(そして緊急地震速報がない日)、電気が点くこと、湯たんぽの温かさ…そんな、何気ないことがとても貴重に思えます。

東北地方に比べたらはるかに軽い地震に遭い、停電を経験しただけなのに、なぜ、こんなに変わってしまったのかわからない。

わからなくてもなんでも、ただ、前を向いて、その日、その日を生きていくしかないんだろうな。
笑ったり、泣いたり、時には怒ったりしながら…

恐れながら生きるのは、生きることじゃない。(エスパルス・ゴトビ監督/3月18日日刊スポーツ)

この先、どんなことが起こるかわからない。
願わくば、恐れや悲しみから、自分を見失うことがありませんように。

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